これまで訪れた地の歴史を学ぶ in 韓国・明洞
こんにちは。
鈴木実麻です。
日本から一番近い国といえば、韓国ですよね。
昨年、仕事仲間と一緒に韓国のソウルに行き、楽しかった思い出がいっぱいです!
ソウルの中でも、人気No.1の繁華街といえば明洞です。
デパート、アパレル店、レストラン、屋台などが立ち並び、観光客や地元の若者たちで賑わっています。
そんな明洞の歴史に触れてみたいと思います。
明洞は、朝鮮時代に、清渓川(チョンゲチョン)から向かって北側は役人や商人が住む北村(プクチョン)、南側は庶民層が住むは南村(ナムチョン)と呼ばれていて、明洞は南村に位置します。
当時は庶民の街だったのですね。
19世紀前半の日本統治時代には、日本人が多く住み「明治町」と呼ばれるようになりました。
この時期に開発が進み、路面電車や商業施設、娯楽施設などが整備され、ソウルで一番の繁華街になりました。
第二次世界大戦後は、流行の街としてファッションやカフェ文化の発信の地として発展し、今では観光客もたくさん訪れる人気観光地になりました。
魅力満載の明洞ですが、私の一番の楽しみは朝ごはんです。
早朝からオープンしているお店も多く、特にお粥はお薦めです。
色々な種類のお粥が楽しめます。
明洞は、日本との関係も深いことがわかりました。
また近々、仕事仲間と一緒に韓国に行けるのを楽しみにしています♪